今回のインタビューは、IBMビジネスコンサルティングサービスの伊藤さん。ご自身の天職は何かを真剣に考え抜いたその姿勢は、キャリアに悩む皆さんにも大いに参考になることでしょう。
→社会人としてのスタート
→最初のチャンス
→転職するまでの経緯
→転職先での仕事
→今後について
→影響を受けた本
→転職希望者の方へ一言
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(プロフィール)
伊藤 健之
いとう けんじ
IBMビジネスコンサルティングサービス 株式会社
金融事業本部
戦略コンサルティンググループ
マネージング コンサルタント
(経歴)
1995年
明治大学 理工学部卒業
同年 株式会社ジェーシービー入社
2004年12月 同社退社
2005年1月
IBMビジネスコンサルティングサービス 株式会社入社
(2005年3月 青山学院大学専門職大学院
国際マネジメント研究科 修了)
※2008年3月より、フリーのコンサルタント(kenji.ito@mh.point.ne.jp)として活動中
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理工学部のご出身でJCBに入社されたのはどうしてですか。
そうですね、メーカーなどの技術系の会社には最初から興味がありませんでした。得意分野である数学的・論理的な部分を、営業/経営といった分野に活かそうと思ったのです。むしろ文系的なビジネスの中で、自分の技術的、理系的な能力を発揮する方が、そのまま技術分野に進むよりも大きな成功が望めるかなと思いまして。就職活動の対象は、業態でいうと不動産とクレジットカードです。不動産業は家業ということもあり、大学時代に宅建を取得していたので、大手ディベロッパーを受けたりしました。カードについては・・・そうですね、学生のときの発想になりますが、給料が銀行並みにいいんですよ(笑)。でも銀行より自由度があり、昇進も早く、仕事も任せてもらえる。そういったことが決め手だったと思います。
最初は事業部に配属されました。カード業務そのものに携わるのではなく、カード業務のインフラであるシステムおよびプロセスを使って、受託事業/代行ビジネスを企画・推進する部門です。ご存知のようにカード発行主体の業界は多岐に渡ります。百貨店、ガソリンスタンド、航空会社などはもちろん、最近では DPS、薬といった業種も参入しています。表向きにはこうしたカード発行主体がある一方、実際の業務はJCBが行う、という仕組みです。
最初の1年は業務企画の仕事に携わりました。大手百貨店が JCBと組んでカードを発行するプロジェクトにおいて、その仕組みを学びました。仕組みを理解した上で、その後は法人営業を2年間担当しました。 JCBは銀行系なので、銀行の営業担当者からお客様を紹介してもらえる、という強みがあり、飛び込み営業というのはあまりなかったです。契約が決まってからはいわばフル・カスタマイズで、立ち上げには半年から1年かかります。契約を取るまでより、セットアップする方が重い作業ですね。
その 3年間を振り返ってみると、なかなかおもしろかったです。本業部門に配属された場合、ひとつのファンクションだけをずっとやることになったと思います。例えば与信であれば与信だけ、回収、マーケティングなどでも同様です。しかし事業部というところはミニJCBと呼ばれていまして、サイズは小さいけれども、業務の最初から最後(債権回収)まで全て経験できる、という大きなメリットがありました。3年間でJCBをいわば俯瞰できたのは非常に楽しかったです。ちなみに当時の全社員数は2000人ほどで、同期は男性47人、女性100人超でした。
◆支店勤務の経験
有意義だった最初の3年間を経て、次はどんな仕事に携わられたのですか。
よくある話ですが、紙切れ一枚で支店へ飛ばされました(笑)。新潟支店でした。支店長を含め5人の現場です。仕事としては、県内にあるグループ会社4社の管理をはじめ、法人営業、ギフトカード販売、会員獲得など何もかも、です。少人数ですからね。まだ20代なのに、グループ会社の年配役員の方々に対して、本体の立場からものを言わなくてはいけなくて大変でした。正直、最初は、新潟というのはへこみましたよ。でも半年の間に住めば都、になりましたね。「魚はうまい」、「ゴルフもできる」など良いところを東京へ戻るたび宣伝するうちに、毎週友達が遊びに来るようになって、生活が楽しくなりました。そうすると不思議なもので、仕事も順調に回り始めまして(笑)。結局その時代は本社の経営企画部へ行く足がかりとなったのです。
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経営企画へ移ることになった決め手はなんだったのでしょうか。
決め手はシンプルでした。全社員を対象にした第7次中期経営計画の公募があり、私が出した提案のうちのひとつが通ったんです。それが第7次中期経営計画の柱のひとつとなりました。内容はフランチャイズ経営のありかたについてです。社員規模 2000人にして業界のリーディングカンパニーであるJCBの基本方針は、銀行との合弁会社をたくさんつくり、実際のチャネルは外部に出す形をとる、ということです。そうした数多く存在するフランチャイズ会社が、もっとカード契約を取る努力をしたくなる仕組み、適正配置などについて提言しました。
新潟支社という現場に出て、グループ会社を管理するようになって、彼らの持つ能力を活かしきっていない、と感じることがありました。お客さんをいっぱい持っているのに、積極性がないのはなぜなんだろう、と。そこには理由があって、制度の問題、地域がバッティングしている、行きたい地域に本体が行ってしまっている、などの問題が見えてきました。そこで、もっと全体最適のやりかたがあるだろう、と車を運転しながらいつも思っていて、時間のあるとき紙につらつらと書いたりしていました。公募の話が来たときに、その中から 3つばかり出してみたんです。
支店長と飲んだ時にそんな思いをぶつけたりしたこともありました。反応としては、「そうだな」、という共感は得られるものの、「制度をつくっているのは本体の方だから、なかなか変わらないよねえ」と酔いと共にさめるような話でした。よくあることですね。
それでもあえて言ってみよう、と思ったのは・・・本部の人間では思いつかないだろうな、と思ったからです。本部の人間は地方のグループ会社の担当者とひざを交えて喧々諤々やる機会なんて絶対にないわけです。「マクロ的にみればうまくいっているわけだから、抜本的に変える必要なんてあるの?」と思うでしょう。現場にいる僕が言わないと、会社がよくならないだろうと。それだけですね。まだピュアだったですね(笑)。それから公募のある前に、たまたま支社へ人事役員がスポット的に面接に来たことがあって、その際に「今のままじゃだめだ」みたいなことを言ったことがあり、先方の記憶に残ったようです。面接、そして公募という機会がダブルで働いて、自分の提言が届いたんです。トップが、「じゃあ、やってみろ」と。社風的には開かれていて、言いだしっぺになることは美徳、というところがありました。
◆新規ビジネスの企画/立ち上げも手がけた経営企画時代
経営企画部での仕事はいかがでしたか。
いわゆる季節仕事である予算編成、中期経営計画、資本政策といったファンクション自体はそれ程楽しんでやっていたわけではないですね。そこで楽しくしたいなと思って、後半の2年間は会社/事業をつくる企画を推進して、代表例としてはJMSという組織を立ち上げました。他のカード会社にはコア業務だけを残し、実際のノンコアオペレーション全般はJCBが担当する、というようなシェアドサービスビジネスです。JCBの社風「言いだしっぺが全てやる」ということで、立ち上げに関わるすべての要素について、出資者を募ることから、プロセスづくり、ITの仕込みなど、ミニ起業家のごとく全てをやりました。経営企画からは僕がひとり、事業部門の企画部、各カード会社からも人員を出してもらって、総勢20-30名の混合チームを、実質的なリーダーとして牽引しました。そこでの経験は一番の財産ですね。今にも活きています。
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いつごろから転職しようと思ったのですか
経営企画に行ってから 3年半くらい猛勉強をしました。そうしているうちに他のことに挑戦したい気持ちが起こってきました。なぜ勉強したかというと、単純にキャッチアップしたかったからです。予算計画・中期経営計画などを担当したわけですが、わからなくて機能しなかったんです。経営企画には僕のように営業出身の人間はいません。もともと経理・財務や、与信のモデル策定などを経験している 所謂“高学歴なエリート社員”が中心なんです。話している言葉もわからないし、何かを求められても、直感で結論は分かるものの万人を説得させられる資料をアウトプットできなかったんです。それまでの5年半、挫折というのはありませんでしたが、ここで初めて「ついていけない」と感じました。そこで会社の制度を使ってグロービスに1年半ほど通いました。グロービスでは2,3教科並行して取得し、さらによりアカデミズム色の強いものを求め、青山学院の修士(MBA課程)へ進みました。
のべ 3年半の間、仕事と勉強のみに集中していました。仕事は毎日終電を過ぎるペースだったので、学校へは途中で抜けて通っていました。土日もずっと勉強。それだけ続けていると、「JCB以外でもやりたいな」という気持ちがむくむくと起こってきたんです。勉強はやり始めたら楽しくなってきました。経営企画にいると学んだことを翌日すぐ使えるんですね。新規事業設立のためにファイナンス知識なんかをすぐ活かせる。そういうこともあってすごく燃えていました。苦しいけれど充実していたその時期が、転職しようかな、というきっかけになりました。
◆「機会がないということは、自分に力がないんだろう」
転職を意識してから、実際に活動されてみていかがでしたか
経営企画にいた後半2年くらいは人材紹介会社に登録して、ぽつぽつ人に会いに行く、ということはしていました。が、「何をするか」があまり明確になっていませんでした。あちこち足を運んでみたのですが、何かピンこないし、気づきのようなものもない。そこでもっと自己認識しないといけない、と思いました。つまり、機会がないということは、自分に力がないんだろう、出て行ってもおもしろいものにあたらないのは、たぶん自分が悪いんだろう、と思ったのです。もっと磨かなくちゃいけないと。そこでさらに目の前の仕事(新規事業立ち上げ)に力を入れる日々に戻りました。実績をつくらなくていけないと思い、仕事+勉強のサイクルに戻ったんです。
◆自分が楽しくいられるパターンとは?
「何がやりたいか?」をはっきりさせるには、もっと自分のことを知らなくてはいけない、というところにたどり着いて、その手の本を参考にしながら、「自分は何をやったときにうれしかったか?」、「何をやったとき不満だったか?」、「今70歳だと仮定したら何をやり残したと感じるか?」、などを書き出してにらめっこしました。コピー用紙に合計 500枚くらい書きました(笑)。その中で気づいたのは、自分は人よりも新しいことを身につけて、人にフィードバックすると喜ばれて「すごい!」といわれるのがとても楽しい、ということです。するとうれしくてまた何かを身につけ、さらにフィードバックする。そういうパターンが常にあることがわかったんです。
それは仕事でもそうですし、趣味などでもそうです。僕は釣りが好きなんですが、なぜ好きかというと、魚のいる場所がわかるからなんです。なぜかというと、研究しているからです。「こういう天気のこんな日には、こういうところにいるよ」と友達に言う、釣れる、喜ばれる、また違うパターンを研究する、という具合に。ゴルフでもスキーでも同じです。人を巻き込んで、仲間が増えて、新しいバリューを提供する。そういうパターンがあって、それを活かせる職業はないか、という視点で転職についても考えるようになりました。逆に自分にとって不満なのは、納得できないことを人に指示される環境、そして70歳で達成していなかったら心残りなこととは、楽しい循環の中で仕事をしている自分、日本人だけではなくて、他の国の人たちも巻き込んでビジネスをしている自分、ということもわかりました。
◆顕在意識を把握すること
自分を知る、っていうのは大変なことですよね。人から見たら「顔色悪いよ」とすぐわかっても、自分では直接見えないのが人間だと思うんです。私だったら自分で見つけるよりも、周囲の人に聞いて客観的な意見を求めてしまうと思います。500枚書いて、どうやっても自分で発見しようとしたのはなぜですか。また、具体的な職業にはどのように結びつけましたか。
確かに難しいことだとは思いますが、顕在意識は把握することができる、つまり紙に書き出すことができる種類のことだと思うんです。潜在意識は難しいと思いますけれど。その部分はゆらぎとして残すとして(笑)。顕在部分を見つめるのは、誰もがすべきことだとは思うのですが。そうは言っても自分への問いかけの切り口は、本を読んで見つけたりしていましたから、自分の力ばかりではないですよ。
発見したパターンにもとづくと、単一のビジネスではないだろうな、と方向は決まりました。人や知識といった新しいインプットがあるのは、やはりベンチャーキャピタル、コンサルティングだろうと。そして短期間でいろいろ手がけられるのはコンサルティング、ということで絞込み、3社ほど受けました。どこも金融セクターのみです。今まで自分が関わってきた分野を活かすことにしました。パブリックと金融に強い、ということでIBMビジネスコンサルティングサービス(IBCS)にたどり着きました。
◆「これだけやってきたんだから大丈夫」
迷いのようなものがなかったわけではありません。IBCSはポテンシャル採用はしないので、事業会社出身には比較的厳しいんです。年俸提示額はむしろ下がるくらいです。しかし成果をあげればすぐに上がることはわかっていたので、ここで迷っているのは自分の腰がひけているだけだ、これだけやってきたんだから大丈夫、と思ったら決断することができました。
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事前に抱いていたイメージと、現在のコンサルティングの仕事にギャップはありましたか?
仕事についてはあまりないですね。コンサルティングという枠自体、あまり意識していないということもあります。クライアントができないことを手伝ってあげる、という感じです。新規事業の参入戦略をつくる、それを具体的なプロセス/組織へ落とし込む、それではまだ足りないから、合弁会社を立ち上げてエクゼキュートまでやる、という具合です。頭脳のところだけをスマートに描いておしまい、というパターンは半分くらいです。むしろ、「泥臭いところを任せてください」って提案しちゃいますからね(笑)。この会社だから、そういう枠を気にしない動き方ができる、というのはあります。案件を取ってくるとそのまま PM(プロジェクト・マネージャー)になり、上の人でも自分の下につけて、プロジェクト推進をすることができる、そういう社風も合っていると思います。それから、プロジェクトによって、その都度お客さん、文化、入ってくる情報などが全て違うのは楽しくてしょうがないですね。
JCBでもずっとプロジェクト形式の仕事だったので、多少の作法のちがいはあるにせよ、極端には違わないです。むしろ新卒からコンサルティングで来ている人たちは、いわゆる寝技を知らないんで、僕がやるのを見て目が点になってたりね、「そ、そんなのあり?」って(笑)。
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コンサルティング会社の中では、伊藤さんはよい意味で特異な存在ではないかと思います。新卒からずっとコンサル会社でやってきた人には、ないものを持っていらっしゃると思います。今後の展望についてはどのようにお考えですか。
当面は現状のままコンサルティングをやっていこうと思っています。将来的にはいわゆるフリーでやりたい、とは思っています
コンサルティングという仕事について、いわゆるトラディショナルなスタイルには限界があるのでは、と思っています。案件をとってきて、コントラクトバリューをあげるべく、数ヶ月で数人を配置し、数千万を売り上げる、というのが従来の契約パターンですね。そうではなくて、お客さんのところには、一人で入るほうがいいかなと思うんです。そのほうがあるべき姿ではないかと。従来は「顧客の課題をコンサルタントが解く」ということですよね。もう少し進んで、研修などを提供しているところの考えでいくと「擬似課題を顧客が解く」というのはありますよね。次に来るのは「リアルの課題を顧客自身が解く」ということ、それがお客さんにとって一番必要なことではないか、と思っています。
◆情報をオープンにしてスキルトランスファーを
コンサルティングが場合によっては虚業といわれてしまう所以は、できない人ができる人に仕事を発注する、できあがったプランをできない人に提言する、というサイクルが繰り返されるせいだと思います。そうではなくて、顧客側のメンバーをコンサルタントの下につけてもらい、すべてスキルトランスファーすることで、お客さんの足腰を強くする。そしてコンサルタント自身はさらに難しい問題を解ける力をつける、というサイクルを確立すること。顧客へは情報を隠しておいて、がらがらぽんでサプライズ、ではなく、そこもオープンに見せてしまうようなビジネスが成り立つのではないか、と思っているのですが。
実際、そういう案件はたくさんあります。コンサルタントから見て、「こことここはできているけれど、こういうところができていない」、「こういうスキルの人をそちらから投入していただければ○ヶ月でできるでしょう」というような。
コンサルティング業界に入ってみて、もう衰退しているのかな、と思う面もあります。が、「プロフェッショナルに手伝ってもらいたい」というニーズは間違いなくあります。ただ、手伝い方が間違っていただけではないでしょうか。億単位を支払ったプロジェクトの成果物がキャビネットに入ったまま、とかね。お客さん/コンサルタントともに成長しないモデル、になってしまっているケースがあります。
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「意思決定のための「分析の技術」-最大の経営成果をあげる問題発見・解決の思考法」
後正武 著
ダイヤモンド社
→コンサルティング・ワークの教科書として今でも読み返します。目をつけなくてはいけない切り口がわかります。
「戦略的思考とは何か-エール大学式「ゲーム理論」の発想法」
アビナッシュディキシット/パリーネイルバフ 著
菅野 隆/嶋津 雄一 翻訳
ティービーエス・ブリタニカ
→数値化の手法は今も仕事に使っています。
「影響力の武器−なぜ、人は動かされるのか」
ロバート・B・チャルディーニ 著
社会行動研究会
→世の中を動かしている力について理解できます。そういう力の働きを知ることで、自分のとるべき対応を考えることができます。
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1週間に1度、または月に一度でもかまわないのですが、自分のゴールを考えて、プロセスをひとつ、ひとつ分解して、いつまでにやろう、ということを書き出してみることです。日々の中では色々な出会いもあるし、考えも変わりますよね。そういう影響を反映して、書いたものにレビューを入れてみます。ゴールを変えてもかまいません。そういうことを繰り返していくと見えてくるものがあります。
一方で、どこまで考えても未来のことは予測のつかない面もあります。だから考えぬいた上で行動した結果、リスクが顕在化したら仕方がないじゃないですか。まず考えることが大切だと思います。いくらテキストに「こうあるべき」と書いてあっても共感できなかったら実行しないでしょう。本人のあり方がすべてだと思いますよ。

大変貴重なお話をどうもありがとうございました。
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