今回登場していただくのは、今春に(株)ベネフィットラインを起業されたばかりの小原孝治さんです。設立して間もないオフィスにてお話をうかがいました。表参道にある小原さんのオフィスは外国人の家屋(プールつき)を改装なさったとのこと。ひろびろとしたソファが置かれ、ガラス張りの天井からは太陽がさんさんとふりそそいでいます。
小原さんは鹿島建設時代(8年間)を経て、新進のウェディング・プロデュース企業である(株)テイクアンドギヴ・ニーズ(以下T&G)へ転職し、その急成長を牽引する店舗開発部長として3年間勤務。その後(株)ベネフィットラインを設立されました。大企業からベンチャー企業への転職、そして起業に至る道のりについてお話いただきました。
→現在のお仕事に就かれる以前の経歴
→転職するまでの経緯
→転職先での仕事
→起業へ
→影響を受けた本
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(プロフィール)
小原 孝治
おはら こうじ
(株)ベネフィットライン
代表取締役
(経歴)
1996年
明治大学 理工学部卒業
1996年
鹿島建設株式会社入社
(2004年 5月 同社退社)
2004年6月
(株)テイクアンドギヴ・ニーズ
店舗開発部長として入社
(2007年2月 同社退社)
2007年5月
(株)ベネフィットライン 設立
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新卒で鹿島建設に入社される際、どのような視点で選びましたか。
私は理工学部の出身で技術系なので、モノづくりに関わりたい、その中でも大きなモノがいいな、と考えたとき、自分がつくったものが歴史として残るような建築業ってすばらしいと思ったんですね。実は父も鹿島建設で、子供の頃街をいっしょに歩いていると、「あれはお父さんが建てた、これもお父さんが建てた」って自慢気に言うんです。超高層の鹿島といわれた時代に、初めて父が配属になったのが新宿の新都心のビルでした。僕らが死ぬまでにあの建物がなくなることは絶対にないんですよ。そういう仕事はすごいと思いました。就職は氷河期の時代で、資料請求も含めるとトライしたのは200社超になります。幸い理系の学生には大手建設会社への推薦枠があったので、それを利用して鹿島建設へ入社を決めました。
入社後はまず本店設計部へ配属になりました。建設会社の業務としては(1)設計(2)見積(積算)(3)現場(施工)(4)営業事務の4本柱があり、技術系(理系)の人間は(1)か(2)に行かされます。CADなどで設計をしていましたが、正直なところすぐにあきてしまって、現場に行かせてくれ、と手をあげたところ広島に行くことになり、2年目から6年目まではずっと現場にいて、そのうち半年ほどは積算の業務にも携り、設計・施工の一連のサイクルを体得しました。
現場での仕事は「現場監督」です。現場が建設会社のコアであり、造り込みの最前線ですね。設計図をもとにした施工図(詳細図面)により、実際の施工を監督し、マネージメントを行うのが現場監督です。つまりクオリティ、コスト、デリバリー、安全面(QCDS)の枠組みから、施工図どおりに作られているかを管理するわけです。この仕事はルーティン化する面があり、担当する建物は変わっても、自分にとっては同じような感じになっていきました。
東京に帰ってくるにあたり、技術営業に行きたいと手をあげ、7年目から入りました。技術部門の中の営業、という感じで特殊性は強いですね。技術系出身だと普通営業はやりたがらないです。でも私はプレゼンテーションなど大好きでした。時間を区切られた中で、コンペでしゃべるのは得意でしたね。業界ならではのしがらみとか、プロダクト/プライスのバランスとか、そういったものがある中で、仕事を取ってくる達成感というのは、モノをつくりこむ作業よりもおもしろかった。その時期は僕の中ですごく光り輝いていたというか、充実していました。
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仕事はものすごく楽しい時期だったわけですね。それでもテイクアンドギヴ・ニーズに移られたのには、どのような経緯があったんですか。
実は現場監督の5年目に転機がありまして、それは「経営ってなんだろう」と思ったことです。そこには2つの視点がありました。まず現場監督という立場から社内を見たときに、経営手法に疑問を持ったということ。また社外では作業を下請会社(サブコントラクター)へ発注しますが、そういう中でも考えさせられました。非常に優秀な担当者に出会うことがあります。そしてそういう会社が急につぶれてしまったりもします。こんな優秀な人を抱えている会社が終わってしまうなんて、経営とはいったい何だろう、と思いました。今まで雇われの身で、淡々と自分に与えられたミッションをこなしていましたが、自分も成長していく中で、物事がわかってくる中で、もっと大きな枠組みで考えたとき、経営ということにまず興味を持ちました。しかし転職活動を考えた場合、エンジニア出身の私にとって経営企画に行く、というのは難しいことでした。
技術営業に移ったあたりから、つまり経営を意識するようになったあたりから、経営学を学ぼうということでグロービスに通い始め、夜のクラスに週1、2回ずつ足を運ぶようになりました。そこで出会った仲間たち、彼らと出会った環境が僕をサポートしてくれました。 その仲間で転職している人は実は少ないんですよ。むしろ、すでに経営の中枢(ベンチャー)だったり、大企業の経営企画など、実際に経営に関わっている部署にいる人というのが多かったです。彼らのバックグラウンド自体がすごく刺激になりました。
具体的に転職を考え初めて、最初は単純に経営コンサルタントになろうと思いました。そうすれば経営のこともわかるだろうって。そしてグロービスでやっている・グロービス・マネージメント・バンク(求人紹介)に登録して、「戦略系のコンサルティングに行けたらいいなあ」、と言ったら、現時点でMBAを持っているわけではないので、そういう路線は無理だろうと言われまして(笑)。でもそこで言われたことが僕を原点に戻してくれました。つまり、経営コンサルタントだけが経営を知っているわけじゃない、経営者のそばで、経営の中枢で働けば、経営のプロになれるじゃないですか、と。そこで経営の中枢を担えるようなポジションを紹介してもらったんです。それがテイクアンドギヴ・ニーズ(以下 T&G)でした。
T&Gについて最初聞いたときには知りませんでした。僕にオファーが来たときは東証二部に上場したばかり、従業員300人程でした。社長(野尻佳孝氏)は同じ年齢、そして同じ系列の付属高校出身。実際面接でお会いしてみて、「このカリスマ性はどこから来るんだろう?」、「そしてどのような仕組みがあって、ここまで成功を収めているんだろう?」と興味を持ちました。決め手としては経営者の間近で働けるポジションを与えられたことです。「『店舗開発部長』の上司は誰になるんですか?」、と聞いたら「社長しかいません」と言われ、心が決まりました。年収については鹿島時代から1.5倍ほど上がりました。上がらなければ周りを納得させられないです。(鹿島は)やめる人がいない会社ですから。 前任の店舗開発部長がやめようとしていて後任を探す中で、僕を気に入ってくれました。社長(野尻氏)にはこの3年間、相思相愛でした。(笑)
転職するときの迷いは当然ありました。鹿島建設というのはいわゆる一流企業ですし、一生安定収入が得られる。辞めることにリスクは感じました。辞めないことがリスク、というのを流行語にしようとしていたグロービス仲間がいましたが(笑)。それは実際ないと思います。やはり辞めることはリスクです。でもリスクを背負わないと成功はないと思っています。僕は自分が経営者になって、経営をする青写真を描き始めていたので・・・経営者イコール成功者とは思っていませんが、僕のなかでは経営者になることが成功に一歩近づくことだと思っています。経営するからには成功させないと。リスクはあってしかるべきだと思います。
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T&Gでのお仕事について聞かせてください
この3年間はT&Gにとって急カーブ成長した時期で、それを支える店舗を新規に建設していくのは、尋常ではないタフさを要求される仕事でした。二部へ上場した時点で、一部上場までの青写真ができているわけです。CFOが具体的な数字を決めていて、その数字を達成するために何をしたらいいかを描いている。つまり当時の売上額を3年後に2.5倍にする、それだけの売上増、利益増を見込んだ成長を投資家に対してコミットしている。具体的には毎月1店舗を新規出店する必要がありました。それを一手に任されているのが店舗開発部長でした。
ファーストフードのように、既に完成したビルのある一部だけを店に変える、ということならともかく、僕たちがやっていたハウス・ウェディングというのは、「一軒家を敷地まるごとお貸しします」という事業で成長した会社でしたから、土地から探すんです。毎月一箇所土地を決めて、デザインして、企画をして、設計をして、発注をして、着工と竣工を毎月必ず迎える・・・・・生きた心地がしませんでした。それを裏切った瞬間、僕は投資家を裏切ることになりますからね。鹿島の「のほほん」とした環境から、投資家へのコミットを守ることが絶対の環境へ行って、よく胃に穴があかなかったと思います。この3年間は二度と繰り返したくありません。もちろん振り返ってみれば、素晴らしい経験だったと思います。でも、「もう1回やれ」といわれても絶対やらないです(笑)。
とにかく締め切りがきつかったです。毎月が締め切りなんです。土地っていうのはパイが決まっているんです。ハウス・ウェディングのための立地はどこでもいいというわけにはいきませんよね。例えばある地域に出店しようとしてまず探しにいく、でもそこに貸したい、売りたいと思っている人がそこの市場にいなかったらおしまいなんです。消費財とか結婚式予約はある意味いくらでも調達可能です。でも土地はそうはいかない。でも締め切りはある。
数多くの店舗(36店舗)を立ち上げる中では、いくつか失敗に近いようなこともありました。ウェディングは受注産業で、予約は半年前には行うのが普通です。したがって店舗の開業8ヶ月前から営業を始めるんですが、8ヶ月前の段階で土地が決まっていない、という事態が起こると、営業担当にとっては営業期間が短くなるわけです。そうすると思いのほか受注が取れなかったりします。本当に申し訳ない、ということもありましたよ。
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T&Gでは日々締め切りに追われるような厳しいお仕事をされていたわけですが、いつ頃から起業しようとお考えになったんですか。
入社したときからしようと思っていましたし、周囲にも言っていました。社長と二人きりで長時間仕事することも多かったので、ざっくばらんに話していました。僕の中で線引きをしたのは、東証一部に上場できる条件が揃うまで、具体的には上場にかなう売上目標(500億円)が達成できるハードの数がそろうまで、でした。それが達成できたら、それ以降はもういなくていいだろう、と勝手に決めたんですね(笑)。でも実際やめるのには8ヶ月かかりました。同じ年とはいえ社長には本当にかわいがってもらっていたので、とにかく辞めることが出来ませんでした。T&Gは次のステップとして1000億円企業に成長しようとして、次の青写真を描こうとしているところで、そのためにはハウス・ウェディングにとどまらず、付帯ビジネスを考えていく必要があります。その領域を統括してくれないか、という話もありました。でも、「ちがうな」と。「雇われ社長ではいけないな」と。後任はなかなか見つかりませんでした。会社の状況も変わってきていて、今現在は1ヶ月に1店舗立ち上げるというペースではなくなっています。僕としてはちょうどいいときに辞めたと思っています。
T&Gでは僕は自分で建物を考えてきました。土地をみて、ここにしようと決める、するとその環境にあわせて建物が頭の中に浮かんできます。たとえば海沿いの建物だったら、海にむかってチャペルがそびえたって、ガラスに十字架があって、その向こうにわーっと大海原が見えるように、とかね。でもいくらイメージを持っても、どんな建物にするかを決めるのは社長ですよね。最後に意思決定するのはやはり社長なんですよ。
野尻さんはいわばものすごく右脳派、すべてを顧客の視点でイメージするんです。ハード(建物)の図面を見せるじゃないですか、すると3次元でもうイメージできていて、ソフトの部分がどんどん浮かんでくるんです。例えば・・・図面上で僕がベランダをつくってあったとします。彼の場合はそこでもうイメージが立ち上がってくるんです。「ここに親族が立って、フラワーをパーっと投げて、ブーケ・トスをここからして、下でお客さんが待ち受けていて・・・そんな写真をとれたらかわいいよね、お客さんよろこぶだろうね」といった感じです。紙一枚からいろんな想像が広がる。そういうところがT&Gの成長の原点だと思うのですが。ヒト・モノ・カネという軸でいうと、まずモノについてはクリエイティブな面がとても強いですね。ヒトについても、動かし方がすばらしい。ビジネスに対して妥協を許さないので、厳しい面も多々ありましたが、その反面すごく愛情もあって、自腹で全社員を旅行に招待して、ねぎらってくれたりしました。みんなの前では厳しい態度を取ってるのに、二人きりになったらものすごく人の顔をみていたり。そういうのは勉強にはなりますけれど、真似できるようなものではないです。自分がやっちゃだめですね(笑)。僕には僕のやり方があると思います。カネという軸ではグロービスで学んだ知識が役に立ちました。ハード(建物)のファイナンスに関しては、CFOに学びながらファイナンス係数が良くなる方法をとりました。
今後は女性をターゲットにしたビジネスを考えています。20年後、30年後どういう自分になりたいのか、と考えたとき「セクシーで輝いているおじさん」でいたいと思っています。その場合どんな仕事がいいかと考えた結果、若い女性をターゲットにしたビジネスにしようと思いました。ただし現在の不動産市場をみるかぎり、アナログ的なビジネスで出店するには、よいタイミングではないと思っています。初期投資に数千万かけてファイナンス係数を悪くするよりも、地に足をつけて経営をしていきたいので、今までの経験と人脈を生かして、店舗経営コンサルティング/空間・建築コンサルティングから始めています。今期の売上目標を達成し、本番と考えている来期に備えようとしています。そのためには外部のブレーンを上手に使い、なるべく単発の仕事に集中しようとしています。現在CG、パース、設計図など提案書に必要な要素について、それぞれ外部のブレーンを確保し協力体制を組んでいます。
実際起業してみた感想としては、いやー、苦しいです。今までの3年間(T&G)があまりに苦しかったので、その苦しさに比べたらなんてことはないだろう、投資家の目もないわけだし、と思っていましたが・・・・やはりちがうプレッシャーがありますね。
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ありがとうございました。


「人を動かす」
デール・カーネギー

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