日本人って議論がニガテとよく言われますよね。
最近、「そうかも?」って思うことがよくあります。
昔、伊藤博文(だったと思うんですけど・・・)が、
当時の英国の議会を視察したときのこと。
議場では、それこそケンカ腰で議論を戦わせていた2人の議員が、
閉会後仲良く酒を酌み交わしていた姿に、伊藤博文さんは
えらく驚いたんだそうです。
「なんでこいつら仲良くしてんの?」
と、狐につままれた思いだったのかもしれません。
で、何が言いたいかというと。
「なぜ、千円札が伊藤博文さんじゃなくなったのか!?」
という話ではなく、
「そもそも、なぜ日本人は(或いは、人は)議論がニガテなのか?」
ということを考えてみたいと思います。
かなり感情レベルの話からすると、
そもそも他人と議論するのは疲れる作業です。
なぜって、相手の理屈に対して反駁するわけですから。
そうなれば当然「対立」することになり、「論破」しなくてはならなくなるんですよね。
相手と異なる論拠を持つことは、下りエスカレーターを昇るぐらい面倒なことです。
または、川を上るぐらい?
そんな疲れることするぐらいなら、いっそ流れに身を任せた方がラクですよね。
それで、人は他人とコンフリクトを起こさないことを、かなり優先度高く生きてるのかな、
と考えたりしています。
次に、伊藤博文さんの疑問に関係ある話ですが。
「議論すること = 相手を否定する」
と思っている人が多いのではないかという点です。
ほんとは違うんですよね。
「議論すること = 相手の論拠に対して反駁する」
ことであり、
「人格を攻撃すること」はないはずなんです。
ま、そうは言っても多少の感情的なしこりは
残るのかもしれないのですが。
たまには、徹底的に議論してみてもいいんじゃないかと。